大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2638号 判決 1983年1月31日

控訴人 桶田秀雄

控訴人(附帯被控訴人) 桶田不二子

被控訴人(附帯控訴人) 波多野正雄

主文

一  原判決中控訴人桶田秀雄及び控訴人・附帯被控訴人桶田不二子各敗訴部分を取り消す。

二  控訴人桶田秀雄及び控訴人・附帯被控訴人桶田不二子が被控訴人・附帯控訴人に対し別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。

三  第一項の取消部分につき、控訴人・附帯被控訴人桶田不二子に対する被控訴人・附帯控訴人の反訴請求を棄却する。

被控訴人・附帯控訴人の本件附帯控訴並びに当審で拡張した反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ本訴、反訴とも被控訴人・附帯控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人桶田秀雄、控訴人・附帯被控訴人桶田不二子代理人(以下「控訴代理人」という。)は、控訴につき「原判決中控訴人桶田秀雄(以下「控訴人秀雄」という。)及び控訴人・附帯被控訴人桶田不二子(以下「控訴人不二子」という。)各敗訴部分を取り消す。右取消部分につき被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の控訴人不二子に対する反訴請求を棄却する。控訴人らが被控訴人に対し別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審を通じ本訴、反訴とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右賃借権確認請求が認められない場合には、予備的に「控訴人らと被控訴人との間において、訴外和田順子が被控訴人に対し別紙第一物件目録(二)記載の土地につき地上権を有すること並びに控訴人らの訴外和田順子に対し別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。」との判決を求め、附帯控訴につき控訴棄却の判決並びに当審で拡張した反訴請求棄却の判決を求めた。被控訴代理人は、控訴につき控訴棄却の判決並びに当審で追加した予備的請求棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決主文第二、三項を次のとおり変更する。控訴人不二子は、被控訴人に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録(二)記載の土地を明け渡し、かつ、昭和五二年四月一日から右明渡済みまで一箇月金一万五〇〇円の割合による金員を支払え。」との判決を求め、右の土地明渡請求は、明渡しを求める土地の範囲を拡張して請求を拡張するものであると述べた。

二  当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加、訂正するほか、原判決の事実摘示(原判決三枚目表六行目から一〇枚目裏八行目まで、二一枚目表(第一物件目録)一行目から六行目まで、二二枚目(第一図面)、二三枚目(第二図面)、二五枚目(第二物件目録)及び二六枚目(賃借権目録)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目裏七行目の「波多野富士太郎」を「波多野冨士太郎」に改め、原判決六枚目裏四行目、九行目、一一行目(二箇所)、七枚目表一一行目、七枚目裏三行目、六行目、八枚目表一行目、九枚目表九行目、一〇行目及び九枚目裏一行目の「原告」をいずれも「控訴人ら」に、原判決六枚目表九行目及び九枚目表四行目の「原告」をいずれも「控訴人秀雄」に、原判決七枚目裏一〇行目の「原告」を「控訴人不二子」に改め、原判決三枚目中、表八、九行目の「別紙第一物件目録(二)記載の土地」を「別紙第一物件目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)」に、表一〇行目の「同目録(二)記載の」を「本件」に、裏一行目の「右借地上」を「本件土地上」に、原判決四枚目表八行目の「別紙第一物件目録(二)記載の」を「本件」に、原判決七枚目表四行目、一一行目、七枚目裏三行目、一〇行目、八枚目表三行目、四行目、九枚目表九行目及び一一行目の「同」をいずれも「本件」に改め、原判決九枚目中、裏九行目の「甲第一ないし第三号証」の次に「(第二号証は写)」を加え、裏一一行目の「第九ないし第一五号証」の次に「(第一二ないし第一四号証は写)」を加え、原判決一〇枚目表九行目の「第五号証の一ないし五」の次に「(昭和五二年六月一日に本件土地を撮影した写真である。)」を加える。)。

(控訴代理人の陳述)

1  原判決三枚目裏一〇行目から四枚目表三行目までを次のように改める。

4(一) 土地所有者と地上権者とが地上権設定契約を合意解除しても、土地所有者は、特別の事情がない限り、地上権者から右土地の賃貸を受けた賃借人に対してその効果を対抗することができないというべきである。そして、この場合、賃借人において土地の使用収益を継続し得る法律関係は、賃借人に対する関係において地上権が存続すると考えるべきではなく、土地所有者と地上権者との地上権設定契約の合意解除によつて、地上権者(賃貸人)と賃借人との間に存した賃貸借契約関係は当然に土地所有者と賃借人との間に移行し、地上権者であつた者は右賃貸人たる地位から離脱し、土地所有者においては右地位を承継することになると解すべきである。これを本件についてみると、被控訴人と和田順顕との地上権設定契約の合意解除によつて、和田順顕は控訴人らに対する賃貸人たる地位から離脱し、同人と控訴人らとの間の土地賃貸借関係は当然に被控訴人と控訴人らとの間に移行し、控訴人らは被控訴人に対し直接土地賃借人の地位、すなわち借地権を主張し得ることになる。したがつて、その借地権の存続期間も、移行した土地賃貸借契約の定めによることとなるのである。

(二) 仮に、地上権設定契約が合意解除された場合に賃借人において土地の使用収益を継続し得る法律関係を、土地賃貸借契約が土地所有者と賃借人との間に移行するのではなく、土地所有者と賃借人との関係においては、賃借人のために地上権は従来どおり存続し、賃借人はその土地の使用収益をする権利を有するものと解するとしても、波多野冨士太郎と和田順顕との間の本件地上権設定契約には、期間が満了したときは土地所有者は正当な理由なく更新を拒絶することができない旨の約定があつたから、右地上権設定契約は、昭和五三年八月一九日から更新された。仮に右主張が認められないとしても、借地法は、六条において、借地権が消滅した場合においても、なお土地の使用が継続されている事実があるときはその使用関係を適法なものとして延長し、借地契約が更新(法定更新)されることを認め、更に同法八条は、借地権者が更に借地権を設定した場合に右六条の規定を準用して、借地権消滅後転借地権者について前同様の土地使用継続という客観的事実があるときは土地所有者、借地権者間の借地契約が法定更新されることも規定している。そこで、本件について地上権設定契約の存続期間が満了した場合を考えてみると、控訴人らは地上権者である和田順顕から本件土地を賃借したのであつて、控訴人らの賃借権は当然土地所有者たる被控訴人に対する関係でも適法有効であり、そして地上権の存続期間が満了した後も控訴人らの所有する建物が本件土地になお存在し、控訴人らが引き続き本件土地を継続して使用していることも明らかであるから、本件地上権設定契約の存続期間が満了しても土地所有者たる被控訴人と賃借人たる控訴人らとの関係においては、控訴人らのために地上権設定契約は法定更新され、控訴人らはこのことを自己の土地使用権原存在の基礎として援用することができるものというべきである。

そして、和田順顕は、昭和五二年一二月一三日死亡し、同日和田順子が相続により右地上権者(賃貸人)の地位を承継した。

(三) 被控訴人の更新拒絶の正当事由についての主張は争う。この点に関する控訴人らの主張は、後記四の4に述べるほか、次のとおりである。すなわち、被控訴人が本件反訴において控訴人不二子に明渡しを求めている部分は、別紙第一物件目録記載のとおり一七七六・六九平方メートルもある広大な一筆の宅地の約五分の一にすぎない。そもそも右宅地は、和田順顕が所有していた居宅の敷地として利用されていたものであるが、控訴人らの賃借部分を除いても、なお建物敷地として十分な余裕がある。しかも、和田順顕の所有していた右建物も昭和四四年一二月一九日被控訴人の先代波多野常次郎が競落して同人の所有に帰し、かつ、その敷地も昭和五一年七月三〇日地上権設定契約の合意解除によつて被控訴人に返還されたが、以来今日まで被控訴人は右建物もその敷地も利用していない。通用門は閉ざされ、建物は空屋として放置されたままであるから、その広大な屋敷内は、控訴人ら及び和田順子の借地部分を除いて雑草はのび放題、樹木は生い茂つたままで放置され、かつての大邸宅の屋敷の面影は全くない状況である。被控訴人には借地法にいう借地権の更新に異議を述べる正当の事由は全くないものというべきである。

(四) 控訴人らは、その賃貸借関係につき、裁判上の調停によつて円満な解決を図るため、平塚簡易裁判所に調停の申立てをしたところ、被控訴人は控訴人らの賃借権を争い、右調停は不調に終わつた。

2  原判決四枚目表四行目、五行目を次のように改める。

5 よつて、控訴人らは、被控訴人に対し、

(一) 主位的に、控訴人らと被控訴人との間において、控訴人らが別紙賃借権目録記載の賃借権を有することの確認を求め、

(二) 予備的に、控訴人らと被控訴人との間において、和田順子が被控訴人に対し、別紙第一物件目録(二)記載の土地につき地上権を有すること並びに控訴人らが和田順子に対し、別紙賃借権目録記載の賃借権を有することの確認を求める。

3  原判決八枚目表一一行目から同裏四行目までを次のように改める。

3 同3は、認める。

4  原判決添付の賃借権目録を別紙賃借権目録のように改める。

(被控訴代理人の陳述)

1  原判決四枚目裏二行目から四行目までを次のように改める。

4 同4の(一)は争う。

同4の(二)のうち、本件地上権設定契約に、土地所有者は正当な理由なく更新を拒絶することができない旨の約定があつたことは否認し、和田順顕が昭和五二年一二月一三日死亡したことは認めるが、その相続関係は知らない。その余の主張は争う。

同4の(四)は、認める。

控訴人らは、地上権設定契約合意解除後の土地所有者、地上権者(土地賃貸人)及び土地賃借人の間の関係につき、地上権者(賃貸人)、賃借人間に存した賃貸借契約関係は当然に土地所有者、賃借人間に移行し、地上権者は賃貸人たる地位から離脱して土地所有者がその地位を承継すべきものとし、その理由として、かく解することが地上権者の意思に合致し、かつ、土地所有者に対抗し得る賃借人の法的地位を明確にするゆえんであると主張する。しかし、この点に関しては、次のように解すべきである。すなわち、地上権者は、地上権の存続期間内において、その土地を他に賃貸し、賃借人にその土地を使用させることができ、土地所有者もそのことを容認しているものとみられるのであるが、右賃借権は、地上権に基礎を置いているのであり、したがつて、当該賃借権が取得し得る権利は、その母体ともいうべき地上権の有する権利の範囲内に限定され、本来的に地上権に付従しそれと運命を共にすべき特質を有しているのであつて、そもそも地上権と独立して一人歩きのできる性質のものではないのである。

本件事案に即していえば、そもそも、本来的には賃借権の存立の根拠は地上権設定契約の存在にあり、後者が消滅したときは、前者はその存立の根拠を失つて消滅するという関係にある。しかし、地上権設定契約が合意解除されたときにまでこの関係を維持することは、信義則上到底認められない。すなわち、賃借権の内容と存在は地上権のそれによつて規律されており、地上権設定契約が消滅すればそれに基礎を置く賃借権も当然に消滅するのが原則であるが、地上権設定契約の当事者間の合意解除によつては右契約の第三者である転借人の権利を害することは信義則上許されないのである。しかし、更に進んで、合意解除があつたときに、賃借権が解除前に受けていた地上権の制約(例えば、存続期間の制約)を離脱して解除前よりも大なる権利を取得するものではない。土地所有者は、地上権者が当該土地を他に賃貸することをあらかじめ容認しているとにいつても、それは地上権設定契約の存続する限りにおいて、という条件がついていると解すべきものであり、ただ地上権設定契約の当事者間の恣意という賃借人の責任外の事情によつてその賃借権を奪うことは許されないから、その合意解除をもつては賃借人に対抗し得ないとされるにすぎないのである。

控訴人らは、地上権設定契約の存続期間終了時の法律関係について借地法八条が適用されると主張するが、同条は、右契約が有効に存続し、その存続期間が終了した場合に適用されるべきものであつて、本件事案におけるように合意解除によつて既に消滅してしまつている場合には、そもそも同条を適用する前提が欠けているのである。すなわち、控訴人らは、地上権設定契約が存続していることを前提として同条の適用を主張するが、ここに右契約が存続しているとは、合意解除について第三者である賃借人が、右地上権設定契約においてその一内容とされた契約存続期間中は、土地所有者に対しその賃借権を対抗し得るという意味内容をもつにすぎないのであつて、右地上権設定契約の当事者間においては既に合意解除時において右契約が消滅しているという事実は動かないのであるから、そもそも同条の適用の余地はないのである。

2  原判決五枚目中、表一、二行目の「先代波多野常次郎は同土地所有権を相続した」を「先代波多野常次郎は、昭和一八年一二月二一日家督相続により同土地の所有権を取得して地上権設定者たる地位を承継した」に、表八、九行目の「、右波多野常次郎が死亡したため、同土地を相続した」を「の昭和五〇年一二月二二日右波多野常次郎が死亡したため、同日被控訴人が相続により同土地の所有権を取得して地上権設定者たる地位を承継した。そして、」に、原判決五枚目裏二行目及び七枚目表二、三行目の「別紙第一物件目録(三)記載の土地」を「本件土地」に改める。

3  原判決七枚目裏九行目の次に以下のように加える。

本件地上権設定契約につき借地法八条、 六条が適用されるとしても、一方において被控訴人が本件地上権設定契約の合意解除をもつて控訴人らに対抗し得る特段の事由があるとして主張した事実(右4の(二)の(1) ないし(4) )、他方において控訴人らはほとんど使用に供されていないわずか一五・六九平方メートルの建物の存在をもつて三七六・九一平方メートルの借地の法定更新を主張するにすぎない事実を総合判断するとき、同法四条一項ただし書にいう正当事由の存在を容易に肯定し得るから、この点においても控訴人らの主張は失当といわなければならない。すなわち、本件事案においては明らかに更新拒絶の正当事由が肯認されるのである。

(証拠関係)<省略>

理由

一  被控訴人の先々代波多野冨士太郎は、別紙第一物件目録(一)記載の土地を所有していたが、昭和三年八月一八日和田順顕との間に同人を地上権者として、右土地につき工作物及び竹木所有の目的で存続期間を五〇年とする地上権設定契約を締結したこと、その後被控訴人の先代波多野常次郎は、昭和一八年一二月二一日家督相続により右土地の所有権を取得して地上権設定者たる地位を承継したところ、和田順顕に対し、引き続き二年間地代の支払を怠つたことを理由に地上権消滅請求の意思表示をし、同人を被告として横浜地方裁判所小田原支部に建物等収去土地明渡請求の訴え(昭和四五年(ワ)第一六号)を提起し、昭和四六年六月九日右波多野常次郎が全部勝訴の判決を得たが、和田順顕の控訴により、右訴訟が控訴審に係属中の昭和五〇年一二月二二日波多野常次郎が死亡したため、被控訴人が同日相続により右土地の所有権を取得して地上権設定者たる地位を承継したこと、そして被控訴人が右訴訟を承継したところ、昭和五一年七月三〇日東京高等裁判所において、被控訴人と和田順顕との間に前記地上権設定契約を合意解除する旨の裁判上の和解が成立したこと、控訴人不二子が本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していること及び控訴人らが本件土地の賃貸借関係につき裁判上の調停によつて円満な解決を図るため、平塚簡易裁判所に調停の申立てをしたところ、被控訴人は控訴人らの賃借権を争い、右調停が不調に終わつたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そして、本件土地を含む別紙第一物件目録(一)記載の土地の地上権者和田順顕が昭和四三年六月二四日控訴人らに対し本件土地を普通建物所有の目的で賃貸し、控訴人不二子が本件土地上に建物を建築してその所有権保存登記を経由したこと、波多野常次郎と和田順顕との間の地代をめぐる紛争と訴訟の経緯及び波多野常次郎の承継人である被控訴人と和田順顕及び和田順子(利害関係人として参加)との間の訴訟上の和解成立に至る経緯についての当裁判所の事実認定は、原判決一一枚目表四行目の「成立に争いない」から一五枚目裏一〇行目まで(ただし、原判決一一枚目中、表五行目の「甲第一五号証」を「甲第一六号証」に改め、表九行目の「乙第一一」の前に「乙第九号証の一ないし五、」を加え、表一〇行目の「原告」の前に「原審における」を加え、原判決一一枚目裏九行目及び同一二枚目表四行目の「波多野富士太郎」をいずれも「波多野冨士太郎」に改め、原判決一二枚目表七行目の「同土地」から次行の「部分)」までを「本件土地」に、原判決一四枚目表四行目の「別紙第二物件目録記載の」を「本件」に改める。)と同一であるから、これを引用する。

三  土地所有者と地上権者との間において地上権設定契約が締結され、右地上権者が当該土地を第三者に賃貸した場合において、その後土地所有者と地上権者が右地上権設定契約を合意解除して地上権を消滅させても、特段の事情がない限り、土地所有者は右合意解除の効果を右賃借人に対抗し得ないものと解するのが相当である。けだし、土地所有者と賃借人との間には直接の法律関係はないのであるが、地上権設定契約においては、土地所有者は地上権者がその土地上に工作物又は竹木を所有して自らこれを使用することばかりではなく、その土地を他に賃貸して使用させることをも当然に予想し、かつ、認容しているものとみるべきであるから、地上権者から建物所有の目的でその土地の賃貸を受けた賃借人は、その土地に建物を所有してその土地を占有する権利を有するとともに、この権利を土地所有者に対して主張し得るものというべく、この権利は土地所有者と地上権者とが地上権設定契約を合意解除することによつて勝手に消滅させることができないものと解すべきであるからである(最高裁昭和三五年(オ)第八九三号、同三八年二月二一日第一小法廷判決・民集一七巻一号二一九頁参照)。そして、当裁判所も、前記引用に係る原審認定の被控訴人と和田順顕との間の本件地上権設定契約の合意解除を和田順顕の債務不履行による契約解除と同様に解すべきではなく、本件合意解除の効果を控訴人らに対抗することができる特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はないと判断するものであつて、その理由は原判決の理由説示(原判決一六枚目裏四行目から一八枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一七枚目裏一行目の「原告」の前に「原審における」を加え、原判決一八行目裏三行目の「特別」を「特段」に改める。)。

四  ところで、土地所有者が地上権者との間の地上権設定契約の合意解除の効果をその土地の賃借人に対抗し得ない場合における右三者間の法律関係については、土地所有者、地上権者間では当該地上権は消滅するが、賃借人に対する関係では賃借人のために地上権が従来どおり存続すると解すべきではなく、地上権者は右契約関係から離脱して、地上権者と賃借人との間の賃貸借関係は当然に土地所有者と賃借人との間に移行し、土地所有者において従前地上権者が占めていた賃貸人たる地位を承継するものと解するのが相当である。けだし、土地所有者と地上権者は地上権を合意により消滅させたものであるから、賃借人のためにとはいえ、当該地上権がなおも存続すると解した上、右合意解除の当事者である当該地上権者が地上権関係及び賃貸借関係の両面の当事者として関与する結果となることを認めるのは、土地所有者と地上権者の意思に反することとなつて妥当ではないというべきである。また、賃貸借契約は当事者の信頼関係を基礎とするものであるところ、右のように解するときは、土地所有者とその土地の賃借人との法律関係が土地所有者と地上権者との間においてはその合意により既に消滅したものとされる地上権を介する間接的なものになると解することとなつて相当でないし、じ後の三者間の法律関係をいたずらに複雑化するものであつて妥当とはいい難い。しかも、この場合には、地上権設定契約の合意解除の効果を賃借人に対抗し得ないとされるのであるから、賃借人の従来の地位に影響を与えることを認めるべきでないことは当然であるが、他方土地所有者としては、地上権を設定した以上地上権者が当該土地を他に賃貸することをあらかじめ承認していたものといわなければならないから、賃借人の権利を基礎づける自己と地上権者との間の契約関係を消滅させた以上は、じ後賃借人との間に直接の賃貸借関係が生ずることを受忍すべきものとするのが相当であると考えられるからである。もつとも、このように解するときは、地上権の存続期間と賃借権の存続期間とが同一でなく、後者の存続期間が前者に比較して長期である場合に問題を生ずることがあることは否定し得ない。しかし、土地所有者としては、地上権を設定した以上は、地上権者がその土地を他に賃貸する時期や賃貸借契約の内容によつては、そのような事態を生ずることも当然予想し得ることである上、当該賃借権が建物所有を目的とするものである場合には、地上権の存続期間が満了した場合であつても、賃借人がその土地の使用を継続し、しかも建物が存するときは、土地所有者において自らその土地を使用する必要があるなどの正当の事由に基づき遅滞なく異議を述べない限り、右地上権は前契約と同一条件で更新されることになる(借地法八条、 六条)のであるし、実際上もいつたん借地権が設定された以上は更新を重ねる例が多いのであるから、土地所有者が当該地上権の存続期間満了を機に賃借人の使用継続に対して異議を述べる機会を失うことになることを考慮にいれても、土地所有者の利益を不当に害するものとはいえない。更に、賃借人は、賃貸人が地上権者から土地所有者に変更されることによる影響を受けることとなるのであるが、このようなことは、賃借土地の所有者が交代することによつて一般に生じ得る事態であるから、特に賃借人に対して実質的な不利益を与えるものとはいえない。

これを本件についてみるに、先に引用した原審認定のとおり、本件賃借権の内容は別紙賃借権目録記載のとおりであり、本件土地を含む別紙第一物件目録(一)記載の土地の所有者である被控訴人とその地上権者である和田順顕が昭和五一年七月三〇日本件地上権設定契約を合意解除したのであるから、右合意解除により、本件賃貸借関係は被控訴人と控訴人らとの間に移行し、和田順顕が賃貸人たる地位から離脱して被控訴人がその地位を承継したものというべきである。

五  以上の認定及び判断の結果によると、被控訴人との間において本件賃借権の確認を求める控訴人らの本訴主位的請求は、正当として認容すべきであり、本件地上権及び賃借権が消滅したことを理由とする控訴人不二子に対する被控訴人の反訴請求(当審で拡張した部分を含む。)は、その余の点について判断を加えるまでもなく失当であるから棄却すべきである。

よつて、本件控訴は理由があるから、原判決中、控訴人らの本訴主位的請求を棄却し、被控訴人の控訴人不二子に対する反訴請求を一部認容した部分を取り消した上、控訴人らの本訴主位的請求を認容し、右取消部分につき被控訴人の控訴人不二子に対する反訴請求を棄却し、被控訴人の本件附帯控訴並びに当審で拡張した反訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとして、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 貞家克己 近藤浩武 渡辺等)

(別紙) 第一物件目録<省略>

(別紙) 第二物件目録<省略>

(別紙) 賃借権目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例